当たり前が当たり前じゃなくなって、当たり前じゃないことがまた当たり前になって。

時ノ歌詠みのアルバムのハローのWEB STORE特典の最終チェックをしながら書いています。


声無しのインストゥルメンタル集。つまりKomeくんの声が無い、俺だけの世界観。

これがなんか少し恥ずかしい(笑) 昔はビートだけ聴かせることなんて当たり前というか余裕だったのに、今では声ありきで曲を作っている。声って素晴らしいよ。素晴らしすぎる楽器だぜ。

あらためてKomeくんの歌詞と声によって作られた世界なんだなーと、時ノ歌詠みの制作を思い返しています。 まぁでもね、「あ、ここにこんな音が入ってるんだ!」的なこともあるから、そういう楽しみ方もしてもらえたら嬉しいです。 声が入ってたらやっぱり声を中心に聞きがちだと思うから。


こうして時ノ歌詠みを作ってみて、俺に流れる"時"と、Kome君に流れた"時"が重なり交わった、俺の人生の中でも重要な作品になったんじゃあないかと思う。


人ってさ、自分ひとりで生きれる生きものじゃなくて、社会に生きてる以上、儚くも共存なんだよ。

強がって、いきがってみても、誰かに何かを与えられてることって多いんだよな。


俺とKome君がこうしてこの作品を作れたことは奇跡で、もう二度と同じ作品を作ることはないし、もしかするとこれから俺たちに新しいものは生まれないかもしれない。

あの時、あの瞬間、あの日々を一緒に過ごして、お互い悩んで苦しんで、笑って喜んで、それぞれがそれぞれを過ごしてきた二人が、この作品を通じて重なって交わっている。これは奇跡だろう? 


人は生きる。いつか死ぬその日まで。 

それまでに、何が出来る。何をしたい? 


俺はこの作品を作りたかった。売れる?売れない? そんなちっぽけなこと知らねぇよ。 俺が生きた証に、この作品を残したかった。


だからこの作品を聞いている人は、俺とKome君の奇跡を聞いていると思ってほしい。

大げさでもなく、本当の気持ち。俺はいまここに生きているけれど、いつかは必ず消えていくのだから。


同じ日々は二度と来ない。年月は過ぎて、俺たちは老いもするだろう。お互いその身に何かあるかもしれない。もう音楽もできなくなるかもしれない。


でも、この作品がここに生み出されたことは、夢や未来を思うより、本当に美しい現実だと思う。 



俺たちはこの日まで生きてきたんだ。









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